テレフダ

union talesさんに編集を依頼してみて

Board Game Design Advent Calendar 2019

この記事はBGDAC 2019 20日目となります。前日は杉木さんの 「『ノコスダイス』ディレクターズノート」という記事でした。明日は数寄ゲームズ、ホリケンさんの記事になります。

ゲームマーケット2019秋にてunion talesさんに編集(ディレクション)をしていただきました。ボードゲームのフリーランスをされていらっしゃる方です。私は普段「かんなさん」とお呼びしているので、以下ではかんなさんで統一いたします。結果として、ゲームのクオリティは格段に上がり、ゲーム制作について回る不安が和らぎました。以下では、具体的な内容についてご紹介いたします。

目次

私はデザイナー?

唐突ですが、私は自分のことをデザイナーだとあまり思っていません。ゲーム制作は、テストプレイ以外は1人で2年ほど続けていました。その期間、ゲームを「設計」している感覚があまりありませんでした。私は自分の持っている技術を使ってゲームを作っていました。要するに、デザイナーというよりエンジニアなのです。両者の私が考える違いはこうです。

デザイナーは目標から逆算して仕事を作り出す。エンジニアは自分の持っている技術を使って、仕事を解決する。

エンジニア

エンジニアとしてゲームを作っていたのですが、なんとなく限界を感じていました。目標からの逆算がうまくないので、どこへ向かえば良いのかわからなくなりがちでした。たとえば、「このコンポーネントデザインで正しいのか?」「ゲームデザインはこれで良いのか?」「フレーバーはこれでいいのか?」などの迷いです。特に、ゲームを作り始めてしまうとその傾向はますます強くなり、客観的にゲームを評価するのが難しいです。ディレクションをしてくれる人が欲しいと思っていました。そんな中、Twitter上で偶然かんなさんの「総合校閲」という記事を見つけました。私は熱意がこもった文章を斜め読みしました。「まあ、たぶん、ちゃんとやってくれるやろ」と思い、かんなさんに連絡を取りました。

ディレクションとは?

当然のようにディレクションという言葉を使っていたのですが、それってどういう意味なんでしょうか? 使っておいてなんですが、イマイチ横文字は苦手で……日本語にするのなら「指示」になるのでしょうか。では、私はかんなさんに指示を出されたのかと言いますと……出されたには出されたのですが、皆さんが持つイメージとは少し違うと思います。

編集者

どういうことかと言うと、ディレクションする前に必ず人の話を聞くわけです。「そりゃ当たり前だろ、話を聞かなければ指示なんてできないじゃないか」と言われそうです。それはそうなのですが、私の話は途方もなく要領を得ないのです。私の話し相手になった人は、雲をつかむような抽象的な話を聞かされます。「このゲームは小説や詩に近いもので……」とか、「昨日はああ言っていたが、今日はそうは思ってなくて……」とか、そういう面倒な話です。

そうして、カウンセリングのような時間が過ぎ去ってから、ようやくディレクションが始まります。

指摘の才能

「かんなさんは指摘するのがうまい」と私は常々感じています。天才的と言っても良いくらいだと思います。世の中には多くの指摘があふれていますが、だいたいは的外れで、しかも不足しているか過剰かのどちらかです。他人なのだから、それは仕方ないことだと思います。かんなさんの場合は、人の話をしっかり聞いた上で肝心な部分だけを指摘します。その際には、なぜそういう結論に至ったのかの根拠も添えることがほとんどです。一見すると簡単に真似できそうですが、実際にはかなり難しいです。真似してみた私が言うのですから、間違いありません。かんなさんのやり方は、たとえるなら、道に迷っている人の話をよく聞いて、適した道を案内してくれるような感じです。初めから正しい道を示すタイプの人ではありません。

道案内

暴力的論理

今回、かんなさんに依頼したゲームは過去作の続編です。過去作の名前は「暴力的論理」と言います。本筋と離れてしまい、申し訳ないですが、ゲームのルールについて説明させてください。

暴力的論理の写真

このゲームは、文/接続詞/文をランダムに組み合わせて「暴力的な論理」を作ります。結果としてわけのわからない文章ができるので、それを無理やりこじつけるものです。たとえば、「Nがはいているのはパンツじゃない」/「だから」/「NとKとPは3人でゲームをした」という論理が偶然できたとします。これは以下のように考えることができます。

Nがはいているのはパンツじゃない→Nがはいているのは、ふんどしだった→KとPも偶然ふんどしをはいていた→3人ともふんどしをはいていたので、スモウ・ゲームを楽しんだ→だから、NとKとPは3人でゲームをした

こんな風にこじつけます。

カードが本になった

このように過去作はカード3枚を使ってゲームが構成されていました。しかし、今作ではカードではなく本がメインコンポーネントになりました。

本の写真

きっかけは初めの打ち合わせでした。私は、自分がゲームを作る目的や、このゲームの大まかなマーケティングの話をしました。その中で「このゲームは詩や小説のような雰囲気があって」という話を私がしたところ、「本みたいですね」とかんなさんから感想をいただきました。その頃、私の頭の中には「カードではなく本でゲームを作ってみたらどうなるのだろう?」という構想がありました。ただ、かなり大変になりそうなので具体的に実行しようとは全く考えていませんでした。そのことをかんなさんに説明したところ、本もアリかもしれないという結論になりました。一旦、その話題は持ち帰りにしました。私はカードと本の長所と短所を書き出し、かんなさんと再度打ち合わせしました。カードにしたほうがゲーマーの受けは良いのですが、本にしたほうが文のボリュームが稼げます。また、ページをめくる感覚は本でないと得られないだろうという話になりました。結局、その時の打ち合わせで、カードではなく本にしようとなりました。この時の判断は今でも正しかったと思っています。かんなさんがいなければ、コンポーネントはカードのままだったでしょう。大変さを乗り越えて、大胆に変更する勇気をいただけました。

文と地獄

今思い返せば、それが地獄の始まりだったのかもしれません。過去作、「暴力的論理」の文の数は50個しかありませんでした。今回作ったゲーム「暴論・青春編」では、文を100個まで増やそうと考えていました。かんなさんと話しているうちに、どういうわけか304個になりました。それは地獄でした。来る日も来る日も「Nは……」と頭の中で唱え、文を考える日々でした。

逆に言えば、かんなさんがいたからこそ、文を304個まで増やせたんだと思います。1人ではそこまでは絶対に不可能でした。かんなさんはかんなさんで、文を全て校閲する必要があったので、地獄でした。校閲するにしても普通の文章を直すのとは勝手が違います。できあがる暴論の難しさ、青春っぽさを考えながら、なおかつ文の正しさも修正する作業になります。

また、304個と言いましたが、実際には400個以上文を作っていまして、取捨選択する必要がありました。その際にもかんなさんにお世話になりました。文の「青春らしさ」と「おもしろさ」を5段階評価していただきました。なるべく客観的になるように意識されていたそうです。その評価を元に、残す文を私が決めました。本文については、他にも文字組みに関するディレクションが入りました。特に大変だったのはアルファベット周りでした。文の中にはNとKとPの3つのアルファベットがあるのですが、文字の横幅がそれぞれ異なり、統一感を持たせるのに、最後まで苦労しました。元々、KとPの立ち位置は逆で、Kが友達でPは恋愛対象という想定でした。PはKに比べるとかなりたくさんの文に登場していました。ですが、Nに比べてPは文字の横幅が狭く、NとPを並べると文字のバランスが悪くなりがちでした。そこで、より横幅が広いKと役割を交代させました。

NPK

印刷所にデータ提出する前日に、かんなさんと相談して決めました。

暴論・青春編

暴論・青春編の基本的なルールは過去作と同じです。ただ、コンポーネントを本にしたことで新たな問題が出てきました。

暴論・青春編の写真

本の並べ方

本というのは、カードに比べて厄介です。何せ、本は開かないと中身が見えないのです。カードは開く必要がありません。すごく当たり前な、バカみたいなことを力説していますが、そのせいで悩まされたのは事実です。「本の並べ方」ですが、下の写真のように4冊の本のうち、3冊を並べます。

本の並べ方

本の中には文が書かれています。文の他に接続詞が書かれている本も一部あります。また、文は「接続詞の前に来る文」と「接続詞の後に来る文」の2種類があります。なぜ2種類あるのかというと、物語を始めやすい文と、物語を終えやすい文の2つをそろえたからです。これらを考えて「どの本をどう並べれば良いのか」を説明するのに最も良い表紙をデザインしなければなりません。

変わった本文の仕様も、その難しさに拍車をかけました。本文のうち左側のページは文が180度回転しています。

回転文

これは、右側にすべての文を集中させるためです。左側の文は本自体を180度回転させれば、右側に来ます。こうすることにより、「左右のページを自在に組み合わせられる」ようになりました。もし左側のページの文が180度回転していなければ、「左側のページは左側としか組み合わせられないし、右側のページは右側としか組み合わせられない」となってしまいます。

結局、1冊の本であっても表と裏(180度回転しなければいけない)が存在することになります。

具体的な本の表紙のデザインを見ていきましょう。1回目、まだディレクションが入る前のデザイン案です

本の表紙、1回目

このときは「前の文」「後の文」という概念がありました。しかし、固有名詞の使いすぎは理解の妨げになるので排除した方が良いと指摘がありました。また、本の表と裏についても、明確な区別がありました。これは本の表側にだけ接続詞を載せていたせいでした。裏側にも接続詞を載せて表と裏を区別しないようにと言われました。最終的には以下のように表と裏の区別をなくし、1巻~8巻となりました。

本の表紙、最終稿

1巻、2巻と数字で表すのも、かんなさんのディレクションです。本の並べ方に関しては、大変勉強になりました。

「本を並べる説明」について、ディレクションを受ける前後での比較を載せます。

●ディレクション前

説明書ディレクション前の写真

●ディレクション後

説明書ディレクション後の写真

文章量・アイコン・固有名詞が減り、説明書が劇的にわかりやすくなりました。こうして結果だけを並べると綺麗な仕事のように見えますが、実際には試行錯誤の連続でした。この頃は、説明書が完成しない夢を見てうなされたことがありました。完成して良かったです。本当に。

ブックケース

次に、「ブックケース」について説明いたします。コンポーネントが本であるため、通常の化粧箱ではなく、フタがないケースになっています。

箱の写真

箱の上側面は初めはこうなっていました。

箱上側面

暴論を何回解いたかがわかるように、1234567と「カウンター」をつけていました。数字の上にチップを乗せて、あと何回暴論を解けば良いかカウントするものです。これを無くし、タイトルを入れるようディレクションがありました。

箱上側面

委託販売をお願いしている場合は、箱がどう置かれるのかわかりません。委託先は、スペースが非常に限られています。制作者の意図した置かれ方とは限らないので、側面にもタイトルを入れるように、とのことでした。

カウンターは私の案でファブフィブ方式を採用しました。2枚の紙を重ねて、残りの数を表示するやり方です。ファブフィブでは数字を表示していましたが、「暴論」を表示するよう指摘がありました。理由は、数字の濫用による混同を避けるためと、物語性を重視したためでした。本の表紙に数字を使っているので、カウンターにも数字を使うと混同してしまいます。また、暴論を表示すれば、暴論が襲いかかってくるような物語が生まれます。

counter counter

フレーバー好き

 フレーバー(物語)をつけることもかんなさんから提案がありました。過去作では特にフレーバーをつけていませんでした。ワードゲームのフレーバーはすごく難しいと私は感じていまして、大体のものには少ししかフレーバーがないように感じます。ただ、今回のゲームでは「暴論」をモンスターと捉え、具現化することで、暴論そのものを具体的に議論することができるのではないかと考えました。また、協力ゲームであることを前面に出し、説明しやすくする効果もありました。結果としては、これくらいのフレーバーがちょうど良いのではないかと感じました。

ちゃんとやられすぎた

かんなさんには、ゲムマ直前の多忙な状態にあっても粘り強く真摯にご対応いただきました。この場をお借りして、お礼申し上げます。大変ありがとうございました。

申し訳ないですが、気になった点も述べさせてください。今回、かんなさんからは絵(イラスト)を修正するディレクションをほぼ受けませんでした。それは正直言ってありがたかったのですが、少しあっても良かったのかなと思いました。ただ、逆の立場になって考えてみると「絵のディレクションってすごく難しいよな~」と思います。修正の手間が大変ですし、具体的に問題点を指摘できる気がしません。「このキャラをもっとかっこよく」とか、抽象的な感じになりそうです。私が同じ立場だったらたぶん指摘しないでしょう。

かんなさんと2人で作ってみて、ゲーム作りがすごく楽しく感じました。かんなさんの指摘のうち、8割くらいは採用したつもりです。残りの2割は採用せず議論を交わしました。それもまた楽しく感じ、とても良い経験をさせてもらいました。ちなみに私の提案が採用されたのは4……5割くらいだと思います。編集を頼む前の「ちゃんとやってくれるやろ」という私の予測は外れ、「ちゃんとやられすぎ」ました。私の話はこれで終わりです。少しでも参考になれれば幸いです。ではでは、お読みいただき、ありがとうございました。